2012年11月01日

南向塚古墳News[櫻ヶ岡中学校]

僕達は櫻ヶ岡中学校の3年で、総合的な学習の時間で『南向塚古墳』
というものを調べています。

所であなたは『南向塚古墳』を知っていますか?
知っているという方はどのくらい詳しく知っているでしょうか?

僕達の目的は地域の方々に南向塚古墳のことを詳しく知ってもらうことです。
そこで、この南向塚古墳Newsで自分たちが調べてきたことを紹介していきたいと思います。


↑場所は、上高田の国道18号線沿い、宮島医院の近くにあり、緑に囲まれていて
少し探すのが難しいですがぜひ行ってみてください。


↑春はこんなに綺麗な桜が咲きます。




●次に、南向塚古墳の歴史について説明していきたいと思います。

僕たちはその歴史を調べるために古墳にある看板を解読を行いました。


↑を解読した分が下の通りです。

8代天皇の孝元天皇の皇子が科野(信濃)の水内(この付近)に下向し、水利をおさめ、土地開発をした。しかし、亡くなってしまった。そこで、その付近に住んでいた人々が埋葬し、王塚と名付けた。その後、塚の上に社殿を建設して三面観音を安置した。
時は戦国時代、川中島の合戦に際し、上杉景虎が戦勝をこの塚に祈願し、金を寄付し、ぼろぼろだった社殿を直した。そして、天正10年6月更級郡村上郷において、北条氏直と戦う時に、この塚に祈願し、大勝利したので甲冑を納めた。
今の社殿は江戸時代に焼失したあとの社殿である。


●市役所の風間さんにお話を聞いて分かったこと・・・・・・
・南向塚古墳の横に南向公園ができる。
・古墳ではなく、景虎が陣地のために土を盛った、や上杉の砦の後という説がある。
・上高田の人たちが整備している。
・古墳と上の社殿は関係無い。
・古墳の中から見つかったのは勾玉一つだけ。
・南向塚古墳にはわからないことが多い。

南向塚古墳についてお分かりいただけたでしょうか?
しかし、言葉だけでは分からないこともあると思います。なので
ぜひ、南向塚古墳に足を運んでみてください!

櫻ヶ岡中学校三学年総合歴史チーム
  


Posted by 古牧地区住民自治協議会 at 16:47櫻ヶ岡中学校